星新一氏のショートショートは、学生の頃むさぼるように読んだ記憶がある。
今でもふと思い出してひとりにやりとする話も。記憶に残る、ショートショートがある。
『町の中の空き地に、いつの間に出来たのか、直径2Mほどの深い穴。
遊びに来て気づいた少年たちが興味深げに覗き込むが、中は真っ暗でどれくらいの深さかは分からない。
一人の少年が近くに落ちていたネジを一本、穴の中に落としてみる。スーッと落ちていったネジだが、底に達して聞こえてくるはずの音がいつまで経っても聞こえない。不思議に思って次にはこぶしほどの石ころを落としても、その次には丸太を落としても、ついには捨てられた自転車を落としても、同じく何の音も聞こえない。
それを聞きつけた市役所の人が、サーチライトで覗き込んでも真っ暗な穴は底を見せない。底なしの穴でもあるまいが危険なので周囲を囲って、専門家の調査を待つことにした。
専門家が多量の砂利を入れても、多量の水を入れても100Mのロープにつけた鉄球を落としても、何の音も聞こえない。レーザー光線や音波で探索しても底を見せないこの穴を専門家たちは異次元に通じていると断定した。
この結論を得た政府は、捨て場所に困っていた家庭ごみをここに捨てることとしたが、いつまで経っても一杯になるどころか穴は静寂を保ったまま。次にはこれもまた捨て場所に困っていた産業廃棄物も捨てることになり、この国は大変にきれいな国に変貌した。
何を捨てても静寂を保つ穴の安全性を確信した政府はついに処理、保管に困っていた核廃棄物もこの穴に捨てることに成功し、穴ひとつで国家的な問題まで解決できたことをことのほか喜んだ。
この穴にあらゆるもの捨てるようになって数年後、穴のおかげで繁栄したこの国には、高層ビルの建築ラッシュが起こっていた。その建築現場で働く男の耳を掠めるように何故か空から一本のネジが地上に向かって落ちて行った。』